僕はなにやら表が騒がしく、目を覚ました。
「うーん・・・うるさいなあ。」
眠い目をこすりながら窓の外を見ると、
「ゑっ、こんな真夜中に?」
其れは、サーカスのパレードだったのです。
曲芸師達がてをふり、道化師がパントマイムで おどけています。
そして、何故か白馬にのった女の子が、こちらの方をみつめていたやうな気がいたしました。
庭の花ほころぶ桃の木に、気をとられていたのかもしれませぬ。
♪チンチン、ドンドン、チン、ドンドン♪
「さぁさぁ、穣ちゃんも坊ちゃんも寄っとゐでぇー。寄っとゐでぇー。
今宵、一回限りのサーカスだよ。月影サーカスがはじまるよ。」
♪チンチン、ドンドン、チン、ドンドン♪
ちんどん屋の軽快な音に乗り、踊るやうに、子供達が後に続ひてゆくではありませんか。
パレードは、燃ゆるやうな月の光を集め、金色に光り輝く場所へと向かってゆきます。
一度は布団に入ったものの、気になって仕方がありません。
僕は父さまと母さまを起こさないやうに、さうっと家をぬけだしました。
あんなに、盛大なパレードの後だといふのに、
夜道はガス灯も消えて群青色に暗く、寂しく、
行き交う人は誰一人としてをりません。
僕は月の明かりだけを、たよりに歩かねばならないのです。
恐ひ思ひを押さゑんと、いさましく鉄道唱歌を唄ひました。
♪汽笛一声ぇー新橋を
はや我が汽車ぁーは離れたり
愛宕の山ぁーに入リのこる
月をー旅路の友としてぇー♪♪
燃ゆるやうな月の光を集めた 其の場所は、日中、友と遊びし空き地でした。
いつの間にサーカスのテントが、建てられたのでせう。
「月影サーカス?」
看板に書ひてあったその一座の屋号を、聞ひた事がありません。
僕はいつだって、町にサーカスがくるたび、行方しれずの冬花姉さまを思ひます。
病気に伏した姉さまは、学校へも行かれず、本ばかり読でいたせうです。
とくに川西英の挿し絵を使ったサーカスの本が好きで、小さかった僕にも、よく読んでくれたものです。
今もわすれぬ其の日のことです。
国は 紀元節のお祝ひの 国旗掲揚で祝祭一色。
二月十一日、町にサーカスがやって来ました。
父さまが、サーカスの券を買ってきて、おっしゃゐました。
「サーカスに皆でゆくぞ。
冬花は 俺が抱いてゆく。」
姉さまは歓声をあげ、僕たちはおおはしゃぎです。
外は寒く、久しぶりの外出に、母さまは姉さまの体調を気にしてをりましたが、
姉さまはとても楽しせうでした。
そして・・・其の晩を最後に、冬花姉さまは
忽然と消えてしまったのです。
冬花姉さまを写した サーカスの写真を一枚残し・・・。
姉さま、いったいいずこへゆかれたのでせう。
テントの前で、僕はぼんやりと、立ち尽くしてをりました。
するとテントから道化師が出てきて、僕に手招きをゐたします。
「ぼ、僕、お金を持ちあはせてはいないので、入れません。」
僕がそう言ふと、道化師は 首をふりました。
もう一度大きく手招きをするので、近くへゆくと、入り口の中へと案内したのです。
恐る恐る一歩テントの中へ入ると、そこは、まるで不思議の国。
観た事もない色鮮やかなステージ。
高ひ天井へ続く、カラフルなはしごやロープ。
何もかもが、今迄のサーカスとは桁外れで、まるで夢の世界でした。
そして、観客席に通されると僕のやうな子供でにぎわっており、席はほとんど埋まってをりました。
皆、配られた駄菓子やジュースをほうばり、今か、いまかと開幕を待ち受けます。
いよいよ場内が暗くなりました。
「ピーッ。」
テントの中で、笛が 鳴リ響ひて、一瞬シーンとなります。
「坊ちゃん、嬢ちゃん、本日この月影サーカスにようこそおいで下さゐました。
素晴らしい、曲芸の数々を存分に、お楽しみあれ!」
ヒゲをたくはゑたる団長の挨拶で、やうやく開演です。
♪パッパラパー パーパーパーパー♪
ラッパが鳴り響き
「月影サーカスのはじまり、はじまり。」
道化師が幕を開けてゆきます。
色鮮やかなライトを浴びてテントの中のショーは始まりました。
まずは、大きな、大きな象の曲芸。息を飲むナイフ投げに、玉乗り、
華やかな白馬のダンスに、
スリリングな綱渡りと、めくるめくやうに、舞台は息をもつかぬ展開です。
虎の曲芸は迫力があり、をまけに猛獣の火の輪くぐりの離れ業。
次は、バイク迄、アクロバッティックに空をとぶ。
そんな後は、きまって道化師が、緊張している僕たちの心をなごませてくれました。
そんなスリリングなサーカスも、終わりに近付き、クライマックスは、空中ブランコです。
「ダラ、ダダダダ?・・・・」 ドラムの音と共に、
二人の男性と、一人の女の子が、天まで届きそうな程の高いはしごを、登ってゆきます。
手足の細い其の乙女はまるで、華麗な妖精のやうでした。
其の美しい顔を見て、僕は息をのみました。
「姉さま・・・・。」
たしかに、
冬花ねえさまに生き写しなのです。
でも・・・僕はこんなに、大きくなっているのに、
其の乙女は、あのときのままの、冬花姉さまのお姿です。
でも、姉さまは足が動かなかったのです・・。
僕は、混乱しました。
姉さまと生き写しの乙女が、今、僕の目の前で、
この空中ブランコに乗らんとしてゐるのです。
乙女は音楽にのって、小鳥のように、ブランコをこぎだしました。
そして、其のきゃしゃな身体のどこにそんな力を秘めているのか、
この最っともスリリングなブランコを自在にあやつりました。
たくましい男性らと共に、大きくゆれるブランコから、ブランコへとすんぷんたがわず
代わる代わるみごとに飛び移ったのでした。
空中ブランコは大成功。
盛大な拍手は、いついつまでも鳴り響き、
乙女は、空に光る月のごとく美しく輝ひてをりました。
そして、フィナーレとなり、道化師が幕をとじたのです。
そして観客の子供は、それぞれに帰ってゆきました。
僕は、僕は・・冬花姉さまか確かめて、もし、せうならどしても、話さなくてはなりません。
父さま、母さまが心配されて、とても逢いたがっておられる事。
だから、一緒に帰ろうって、伝へなくてはなりません。
僕は隠れて姉さまを捜しました。話し声が聞こゑます。
「今夜も沢山の子供達が喜んでくれたな。
さぁ、夜が明ける前に月へ帰ろう。」
「ゑゑっ!!月?」
「誰だ!」
「しまった。」
とうとう、見つかってしまゐました。
「こどもが一人残ってゐるぞ。夜明け前に、早く捕まへなければ大変だぁ!」
僕はとっさに逃げました。動物達が何か訴へるやうに、鳴き出しました。
サーカスの人たちが、僕を追ひかけてきます。
僕は走りました。
すると前方に、ヒゲの団長が立ちはだかって、
僕を捕まへやうとしてゐます僕は近くにあったはしごを、上へ上へと登りました。
「あぶないぞっ!!」
叫びながら、団長が僕の後を追って、よじ登ってまゐります。
僕は目がくらみ、足がすくんで、もう逃げられません。
「もう、ダメだ。」
足をふみはづし、落ちそうになった其の時、
ただひとりあの乙女が空中ブランコで、こっちへ向かってまゐります。
「さあっ!純ちゃんブランコにつかまって!」
と、叫んでいるではありませんか。
「あぁ、やっぱり、冬花姉さまだ。」
僕は、夢中で側にあったブランコに飛び乗り、
姉さまと近付くと、おのずから手を伸ばしました。
「まだよ、もっと漕いでっ!下を見てはいけないわ!」

僕は言う通り、下を見ないやうにブランコを夢中で漕ぎました。
そして、次に近付いた瞬間、姉さまは手を差し出し、僕の身体をつかまゑたのです。
「
もう、大丈夫よ。」
姉さまは、落ちそうになるなんぎな僕をかばいながら、
巧みにブランコをあやつりロープ
をつたい僕を裏口へと導びきました。
「純ちゃん!」
なつかしい姉さんの顔がにじんで見えます。
安心すると、わけのわからぬ涙が、とどめなく流れるのでした。
「逢いたかったよ。姉さまぁっ!!」
「純ちゃん・・・。」
しかし僕達の再開は、つかの間でした。
ヒゲの団長が、空を見上げました。
「純ちゃん、早くここから出ないといけないわ。
テントはもうじき月へ帰るの。」
僕は言ひました。
「一人じゃぁ、いやだよ。一緒にお家へ帰ろうよ。
父さまと母さまがとても心配されて、冬花姉さまに逢いたがってをられます。」
しかし姉さまは首をふりました。
「純ちゃん、其れはできません。
夜が明けると、わたくしたちは消えてしまうのです。
だから、夜が明ける前に月に帰らなければなりません。
其れに・・・ここの全て、わたくしの姿も、大人の父さま、母さまには見えないのです。」
「そ、そんな・・いやだよ。姉さまにやっと会えたのに。僕も、一緒に月にゆく。良いでせう?」
「いいえ、純ちゃんはまだ来てはゐけないの。連れては・・・ゆけないわ。
あなたまで父さま、母さまを哀しませないで。
お願い・・・。
足が悪く、病弱でいっつもベットの中のにゐた私の夢。
其れは、サーカスのブランコ乗りでした。
あの日、父さまがサーカスに連れて行ってくださり、それは嬉しかった。
わたくしは、家族に愛され、とても満ち足りて深い眠りについたのです。
さうして、わたくしが死んだあの晩、月の魔法で、子供達のための月の精霊として生まれ変はりました。
月が、わたくしの夢を叶ゑてくれたのです。
突然いなくなってしまった事、ごめんなさい。
遠ひ月から父さま、母さま、純ちゃんのことを見守ってをります。
純ちゃん、サーカスを観に来てくれてありがとう。
さようなら。あの小さかった、可愛い純。」
姉さまは僕の手をさうっと離しました。
「姉さま、冬花姉さま!!」
もうじき、夜が明けます。唇をかみしめ、僕は独りテントを出ました。
外の冷たい風が、涙のつたわる、ほてったほほを冷やします。
真っ暗に澄みきった夜空の中に、ポツンとあったテントを、僕は振り返りました。
すると、姉さまを乗せたその月影サーカスのテントは、
眩しい程の光を外界に放ち、そして、フアッと、舞い上がると、
空高く月の光に吸い込まれて、雲の間より消えてゆきました。
しばらくすると、東の空が、うっすらと紫色に染まって夜が明けます。
僕は冬花姉さまの手のぬくもりを感じながら、
三日月が朝焼けにとける迄、じっと空を見上げてをりました。
製作・著作
桃組工房
写真
萱野浩二
HTML紙芝居
きのこたろう